多くの大企業が気候変動への対策を迫られる中、世界で注目を集めている技術が「二酸化炭素回収・貯留(CCS)」です。この技術に対しては、数々の有名企業や実業家が巨額の資金を投じる意向を示しています。
ゼロカーボンに留まらず、排出量を上回る量のCO2を吸収する「ネガティブエミッション」への取り組みを表明している企業もあります。たとえばマイクロソフトは自社が創業から排出してきた累計のCO2量に相当するCO2を、2050年までに回収することを約束しています3。
グリーンテクノロジーはここ数年で飛躍的に進歩しているものの、これらの壮大な目標を達成するにはさらなるイノベーションが求められるでしょう。2030年までにカーボンニュートラルの達成をめざす欧州特許庁4も、2021年4月に国際エネルギー機関と共同で発表した報告書の中で同様の見解を示しています5 6。これまで企業はCO2の排出削減を求められてきましたが、今後は既に大気中に含まれるCO2の除去も求められるかもしれません。
最近の主な動き
- スイスのクライムワークス社がアイスランドで大規模なCO2の貯留施設の稼働を開始7
- マイクロソフトは2021年度に1,400トン相当のCO2オフセットを行ったと報告8
- カーボンエンジニアリング社の技術を基にした欧州最大規模の直接空気回収施設の開発・設計が、スコットランド北東部で始動9
- イギリス政府は「直接空気回収・温室効果ガス除去プログラム」を通してこの分野のエマージングテクノロジーを継続的に支援10
直接空気回収
大気中から二酸化炭素を直接取り出す「直接空気回収(DAC)」は、現在、小規模な実証施設がいくつも稼働するまでに開発が進んでいます。大型のファンで空気をろ過装置に取り込み、CO2だけ選別して除去する形式が主流です。集められた純度100%のCO2はろ過装置から取り出され、ろ過装置は再利用が可能になります。
回収されたCO2の処理方法
- 玄武岩との化学反応を利用して地中に貯蔵11
- プラスチック製造に利用
- バイオ肥料、合成燃料への利用
- 炭酸ソフトドリンク製造に利用 など
ろ過装置の主な構造
CO2削減の鍵として大きな期待を集めるDACですが、大規模なDACシステムを構築するうえで大きな壁となるのが「採算性」です。主な課題としては、そもそも空気中のCO2濃度が約0.03~0.04%と非常に低いこと、ろ過装置の設計の難しさ、ろ過装置の再生に多くのエネルギーを必要とすることが挙げられます。つまり、発生させるCO2量を、回収するCO2よりも少なく抑えながら稼働するシステムの設計が求められているのです。この解決手段の例として、他の設備から出た廃熱の利活用などが挙げられます。
これらの難題があるにも関わらず、この分野の研究資金は増加傾向で、CO2除去の専門企業の多くは事業を拡大しています。私たちがDAC技術の恩恵を目に見える形で受けられる日は近いかもしれません。
イノベーションの動向
特定の技術分野における研究開発のトレンドを知るには、その分野の特許出願動向を調べるのが効果的です。グラフa)は2010年から2020年までに出願された二酸化炭素回収技術に関する特許の数を示しています。このグラフによると、特許の出願数そのものは毎年ほぼ横ばいです。しかし、「空気回収」に関連する特許出願の割合を示したグラフb)によると、こちらは同じ10年間で約3倍に増加していることがわかります。
グラフa)…USPTO(米国/緑色)、CNIPA(中国/橙色)、WIPO(国際出願/灰色)、EPO(欧州/黄色)における、
CPCコード:Y02C20-40(温室効果ガス、特には二酸化炭素の、回収又は処分)のタグが付けられた特許出願公報の数。
グラフb)…「空気」と「回収」の文言が近くに位置している全公報数の割合
二酸化炭素回収・貯留に関するイノベーションは「空気回収」という非常に困難ながら、より理想的なゴールに向けて着実に進んでいることを2つのグラフは物語っています。
ビジネスとしての可能性
現在、直接空気回収に特化した数多くの企業が商業化に向けた技術開発を進めていますが、これらの企業に対する市場の注目度も高まっています。
- 固体吸収剤を採用し、世界初の商用DACプラント開発を誇る18クライムワークス社が、アイスランドでの大規模なプラント計画を開始19。マイクロソフトが自社のネガティ
ブエミッションを達成するためのカーボン除去ポートフォリオにも採択20。
- 多孔質基材内に担持されたアミン系吸着剤の使用を特徴とするグローバルサーモスタット社は、同社の技術を高く評価するエクソンモービルと提携を拡大21。
- 水性の金属水酸化物塩によるアプローチを採用するカーボンエンジニアリング社は、ペールブルードットエネルギー(Pale Blue Dot Energy)社と提携し、イギリスでDAC技術を展開する計画に参加22。
まとめ
急速に技術開発が進む直接空気回収(DAC)は、近いうちに気候変動の中心的なソリューションとして大きな力を発揮するでしょう。今後、ますます重要性が高まる分野だけに、関連する特許の出願数も増え続けると思われます。私たちも、今後のDAC技術の進歩に期待を寄せています。
<参考資料>
1. https://www.xprize.org/prizes/elonmusk
2. https://corporate.exxonmobil.com/News/Newsroom/News-releases/2021/0201_ExxonMobil-Low-Carbon-Solutions-to-commercialize-emission-reduction-technology
3. https://blogs.microsoft.com/blog/2020/01/16/microsoft-will-be-carbon-negative-by-2030/
4. https://www.epo.org/news-events/news/2021/20210427a.html
5. Patents and the energy transition, global trends in clean energy technology innovation, April 2021, EPO & IEA
6. https://www.epo.org/news-events/news/2021/20210427.html
7. https://www.carbfix.com/how-it-works
8. Sanz-Perez, E. S. et al, Chem Rev. 2016, 116, 19, 11840-11876
9. Lackner, K. S. et al, Proceedings of the 24th Annual Technical Conference on Coal Utilization & Fuel Systems, Clearwater, FL, 1999; 885–896.
10. Nikulshina, V. et al, Eng. J. 2008, 140, 62-70
11. Przepiórski, J. et al, Eng. Chem. Res. 2013, 52, 6669-6677
12. Belmabkhout, Y. et al, Eng. Sci. 2010, 65, 3695-3698
13. Choi, S et al, Sci. Technol. 2011, 45, 2420-2427
14. https://climeworks.com/news/today-climeworks-is-unveiling-its-proudest-achievement
15. https://climeworks.com/news/climeworks-makes-large-scale-carbon-dioxide-removal-a-reality
16. https://climeworks.com/news/this-negative-emission-plan-by-microsoft-marks-an-important
17. https://corporate.exxonmobil.com/News/Newsroom/News-releases/2020/0921_ExxonMobil-expands-agreement-with-Global-Thermostat-re-direct-air-capture-technology
18. https://carbonengineering.com/news-updates/pale-blue-dot-energy-and-carbon-engineering-partnership/